福岡地方裁判所 平成5年(ワ)4076号 判決 1996年5月28日
原告
昭代住宅管理組合
右代表者理事長
加藤良彦
右訴訟代理人弁護士
幸田雅弘
同
小林洋二
被告
福岡興業株式会社
右代表者代表取締役
松岡ユリコ
右訴訟代理人弁護士
林正孝
同
吉田純一
主文
一 被告は、別紙物件目録記載の建物について、三階以上の部分を取り壊せ。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求の趣旨
主文同旨
第二 事案の概要
一 当事者間に争いのない事実及び証拠上明らかに認められる事実
1 当事者等(争いがない)
(一) 原告は、建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)に基づいて、福岡市早良区藤崎二丁目付近(別紙図面の範囲)を区域とする「昭代住宅団地」(以下「本件団地」という。)内の土地所有者を構成員(以下「組合員」という。)とし、組合員の共有物等の管理並びに団地内住宅の建築協定の締結その他住宅管理に必要な業務を行うことを目的として、昭和三九年九月一日に結成された組合である。
(二) 被告は、昭和三四年九月八日に設立された株式会社である。その設立時の代表者は亡松岡秀雄(昭和四〇年一〇月死亡)であり、秀雄の死亡に伴い、妻ユリコが代表者に就任して現在に至っている。
(三) 別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)は、本件団地内にあるところ、被告は昭和四〇年七月二九日、本件土地を前所有者渡辺博から買い受けて所有権を取得し、その上の旧建物をおそくとも平成三年一〇月ころ以降はもっぱら被告会社の事務所として使用してきた。
なお、秀雄は、同じく本件団地内にある福岡市早良区藤崎二丁目一一四番の土地(自宅用地)を所有していたところ、同土地についても秀雄の死亡に伴いユリコが相続により取得した。
2 本件団地における建築規制(概ね争いがないが、詳細につき甲一の2、二、三の1、四の1ないし3、5)
(一) 原告組合結成のころ、当時の全組合員の合意により、次の内容の建築協定が定められた。
(1) 隣接住居者の了解なくして増改築をせず、不均衡な建築・外装工事をしない(当初の建築協定一一条)。
(2) 前記(1)に違反した場合、組合の求めにより、組合員は自己の費用をもって違反部分を撤去し又は復旧する(当初の建築協定一三条)。
(二) 昭和四九年度の組合総会において、組合規約が改正され、従前別建てであった建築協定が同規約の中に「第6章 建築協定」として取り込まれることになった。その内容はほぼ従前と同様であるが、前記(一)(2)は脱落している。
(三) 平成三年一〇月七日開催の臨時総会(以下「本件臨時総会」という。)において、従前の建築規制をさらに明確化すべく、組合規約を改正して次の条項を追加することなどが決議された(以下、右改正を「本件改正」、同決議を「本件決議」、という。)。なお、ユリコは本件臨時総会に出席し、本件決議に賛成した。
(1) 用途制限(現行規約三二条)
組合の管理区域内の建物は、居住を主目的とする住宅専用建物とする。また、自家用を除き、駐車場及び物置場は設置しないものとする。
(2) 建築制限(現行規約三三条)
建物の構造・形態については、次の条項に定める基準によらなければならない。
① 一戸建て住宅で、かつ地上二階までとする。
② 建築物の高さは一〇メートル以下とする。
③ 共同住宅は建築しないものとする。
3 本件建物建築の経緯(甲二六、四一の3、四二ないし五一、五七ないし六一、乙一三、二八ないし三九、四〇の1ないし12、四一、四二、原告代表者)
(一) 被告は、平成五年一月ころから、原告に対し、再三にわたり、「被告の社屋を新築したいので建築協定を再検討してほしい」とか、「三階建ての社屋を建築することを認めてほしい」などと申し入れたが、原告は、「建築協定の見直しはできない」「二階建てで計画していただきたい」などと回答してきた。
(二) 然るに、被告は、同年九月一三日、本件土地上に別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築する工事に着手したので、原告は、同年一〇月二七日、当庁に対して、「被告は本件建物の三階以上の部分の建築工事をしてはならない」旨の建築禁止の仮処分を申請し、同年一一月二六日、右申立認容の仮処分決定がされた。
そこで、被告は同年一二月三日、右決定に対する起訴命令の申立てをし、同月六日、右命令が発せられたので、原告は、同月一六日に、本訴を提起した。
(三) これとは別に、被告は前記仮処分決定を受けて、本件建物建築工事の請負人である石井建設株式会社(平成六年一二月二四日に原告が同会社に対する請求を放棄するまでの本訴の共同被告)に工事中止の要請をしたが、石井建設は独自の立場を主張して右要請を断り、三階以上の部分の工事を続行した。
そこで、原告は、石井建設に対しても前同様の仮処分申請をして、同年一二月七日、申立認容の仮処分決定を得たが、石井建設は、同月一〇日異議申立をし、平成六年二月二八日に右仮処分決定が異議審で認可されると、さらに同年三月一一日保全抗告を申立て、同年七月二八日、抗告審たる福岡高等裁判所において右仮処分決定を取り消す旨の決定を得た。
被告も平成六年一一月二二日、前記仮処分決定に対して異議申立てをし、右異議審において、「① 原告は本件仮処分申請を取り下げる。② 被告は、原告勝訴の判決が確定した場合には、速やかに本件建物の三階以上の部分を取り壊すことを約束する。」旨の和解が成立した。
(四) 被告は、前記和解成立後、本件建物の建築工事を再開し、平成七年一月までに本件建物の建築工事を完了した。
本件建物は、鉄骨スレート造陸屋根三階建てであり、建物の高さは塔屋部分で12.5メートル、建物本体部分で一〇メートルである。
二 争点及びこれに関する当事者の主張の要旨
1 原告組合の法律上の性格及び本件団地における建築規制の法的効力
(一) 原告の主張
(1) 原告組合には、本件団地内の建物所有者の共有物を管理し、区分所有法六五条の適用を受ける団体としての側面と建築協定による建物管理を目的とする団体としての側面とがあり、両者は不可分なものとして運営されてきたものであるが、昭和五八年改正前の同法(以下「旧法」という。)の解釈としては自然なことであった。
すなわち、旧法三六条による団地への準用規定である同法二三条の解釈としては、「建物又はその敷地若しくは付属施設の管理又は使用に関する土地又は、付属施設の共有者相互の事項」というときの「建物」の中には、区分所有建物ばかりではなく一戸建て建物も含まれるというのがむしろ有権的解釈であったのであり(川島一郎「注釈民法7」三九九頁以下)、このような解釈に基づいて、日本住宅公団の指導のもとに原告組合が結成され、当初の建築協定が作成されたのである。それは、本件団地が一戸建てと二戸一棟の区分所有建物が混在する団地であり、かつ、団地内の公園や花壇、道路が団地建物所有者全員の共有物であり、ガス管や水道管などが各建物の敷地を縦横に走っているために、団地全体を一括して管理せざるを得ない状況であったからである。
(2) 原告組合は、昭和四九年に前記一2(二)のような規約改正をしたが、旧法の下にあっては、団地建物所有者の共有物の管理に関する規約も建築協定による建物の管理に関する規約もともに一つの団体の規約で定めることができ、それには法的拘束力が与えられていたのであるから、右規約改正は、当初の建築協定一三条を脱落させていることをも含めて、建築規制の効力に何らの影響を及ぼさない。
(3) 昭和五八年の改正(昭和五九年一月一日施行)による区分所有法(以下「新法」あるいは「現行法」という。)においては、団地内の一戸建て建物は団地の管理組合の管理の対象とならないことになったが、改正時の付則二条により、一戸建て建物に対する規約の効力も維持されているものと解されるばかりか、同付則九条一項により、旧法により有効に設定され、新法施行の際に現に効力を有する規約は新法の規定の定めるところにより有効に定められたものとみなされるところ、新法施行当時、被告所有の旧建物は二戸一棟形式の区分所有建物であったから、原告組合の規約による建築規制を受けることは明らかである。
(4) 仮に、建築規制の規約が区分所有法に基づくものと認められないとしても、原告組合内部においては、明確な法規範として認識されてきたことは、これまで毎年総会ごとに建築協定の内容が確認されてきたことや、いくたびも違反建築を予防し、反対してきた活動実績があることによって明らかであるから、右規約は原告組合の自主規範としての効力を有している。
(5) 仮に、建築規制の規約に法的効力がないとしても、以下の事情からすれば、被告が右規約に法的効力がないと主張することは信義則に反し、許されない。
すなわち、原告組合内部においては、昭和三九年九月に建築協定が組合員全員の合意により成立して以来、一貫して三階建て建物の建築を禁止する規制が法規範として存在するものと理解され、そのような法規範意識のもとに昭和五三年から平成三年にかけて組合員による五件の三階建て建物の建築計画を断念させ、昭和五九年五月ころ、五階建てマンション建設計画に反対する運動を組合全体で取り組んでこれを阻止するなどの活動を行ってきた。
このような原告組合にあって、被告は、建物所有者の共有物を管理する団体と建築協定によって建物の管理をする団体とが一つの管理組合で規律できると考えられ、両者は不可分一体で、建築協定には区分所有法に基づく法的効力があると認識されていた昭和四〇年九月に原告組合に加入したもので、マンション建築反対運動の費用や建築協定委員会の委員への日当が支出されている組合員を何の異議も述べずに支払ってきたばかりか、被告代表者ユリコは、昭和五五年五月の五階建てマンション建築反対運動に積極的に参加し、平成三年七月に組合内部に設置された建築協定委員会の委員であり、本件改正の原案作成に関与した。それだからこそ、被告は、本件建物を建設する際、原告組合に対して、事前にその承認を受けようとしたのである。
(二) 被告の主張
(1) 原告組合は、区分所有法六五条の本件団地内の建物所有者の団体としての性格と、本件団地内の各建物についての建築協定その他住宅管理を目的とする団体としての性格を有する。
(2) つまり、前者としての原告組合は、区分所有法六六条、四六条により、同法の一部の規定の準用を受け、その規約及び集会も同法により規律され、規約及び集会の決議は、区分所有者の特定承継人に対しても効力を生ずることとなるが、それはあくまで本件団地内の建物所有者の共有に属する土地又は付属施設について管理権を有するにとどまり、各所有者の建物の用途や建築基準を定める権限を有することにはならない。
これに対して、後者としての原告組合は、区分所有法の準用を受けることはなく、本件団地内の親睦団体に類比せられるものであるから、構成員の加入・脱退は構成員の任意の意思に委ねられるものである。
(3) したがって、原告組合は、本来このような異なる性格を有する別異の団体として運営されるべきであったのに、これまでこの点の区別が意識されず、漠然と一体のものとしてとらえられてきた。
そのために、原始組合員からの本件団地内の土地・建物の譲受人等に対しても、当然に原告組合の住宅管理に関する規約の効力が及ぶものと考えるという誤りを冒してきたのである。
(4) 被告は、右後者としての原告組合に加入申込みをしたことはなく、また同組合員として行動したこともないから、組合員ではないし、仮に、かつて組合員であったとしても、平成五年一〇月一九日に脱退した。
2 本件改正に至るまでの本件団地内の建築規制の実情
(一) 原告の主張
当初の建築協定一一条の「不均衡な建築をしない」ということの解釈としては、「一戸建て、地上二階までの専用住宅とし、共同住宅は建築しない」という趣旨で解釈・運用されてきた。もっとも、被告の旧建物は平成三年一〇月時点において既に用途制限に違反していることが明らかであったが、種々の配慮から、現状に限り特例として認めることとされたものである。
(二) 被告の認否
原告主張のような運用の実態はなく、それが不文律になっていたというようなことは全くない。むしろ、当初は、平屋建て以外の建物が不均衡な建物であると理解されていたのであって、それが、住宅事情や経済的事情等の社会的情勢の変化により二階建ての建物は当然に容認されるという風潮になったにすぎない。
3 本件改正の経緯及び手続きについて
(一) 原告の主張
(1) 原告組合内では、前記2(一)のような解釈は一貫していたが、他の地域での開発が進むにつれ、開発業者や不動産業者などからの建築規制に関する問合わせや、明文がないことに対する疑義が提起されるようになったため、原告としても従前の解釈・運用を明文化する必要性を感じ、平成二年ころから規約改定の検討に着手した。
(2) 原告組合の理事会は、平成二年末に、組合員に対する建築協定に関するアンケートを実施し、平成三年七月には建築協定委員会を設置するなど、具体的な改定作業に入った。なお、同委員会は六名の委員で構成されたが、ユリコも委員の一人であった。
(3) 右委員会での検討の結果、前記のような従前の不文律を明文化するとともに、新たに「一〇メートル以下」という高さ制限を加える案が策定された。これは、形式的には二階建ての体裁をとりながら、高い建物を建築し、建築規制の趣旨を蝉脱することを防止するためである。
(二) 被告の主張
(1) 本件改正は、組合員の所有権に対する重大な制限であるから、このような内容の改正をするに当たっては、制限の目的、必要性、内容、制限される組合員の権利の性質及び制限の程度等を比較検討した上で、慎重に決定しなければならない。特に、本件団地は住宅地区としての公的規制が及んでいる地域であるところ、本件改正は右規制をさらに上回るものであること、本件団地の分譲面積が平均六〇坪と狭小であるのに対して、地価が坪当たり一五〇万円と高額であること、駐車場が近隣に求め難く、路上駐車が問題となっていること、本件団地内でも、被告が本件建物を社屋として利用しているほか、鍼灸治療院、税理士の事務所として住宅が利用されている実情があることなど、本件団地内の諸事情を勘案すると、一層の慎重な配慮が要求されたはずである。
(2) 然るに、原告組合は、本件改正の原案を作成するに当たり、本件団地内の住民の声を十分に聴取しなかったばかりか、規制の必要性及び程度等について専門家の意見を聴くこともなく、用途制限の規定を置き、階数制限や高さ制限の規定を設けることにしたのである。
4 本件改正(決議)の効力について
(一) 原告の主張
(1) 本件改正は、本件臨時総会において、委任状出席を含めて出席者七二名(議決権数七八口)の全員一致をもって可決された。因みに、右総会にはユリコも出席して、ユリコ個人及び被告代表者として二口の議決権を行使している。
(2) ところで、前記1(一)(3)のとおり、従前の建築規制は本件団地内の区分所有建物のみならず一戸建て建物についても効力が存続しているから、区分所有法六六条、三一条により、本件団地内の建物所有者全員の数及び議決権の各四分の三以上の多数による集会の決議によってしなければならないが、当時の組合員数は九六名、議決権数は一〇二口であるから、右議決はいずれも四分の三以上の要件を満たしており、有効である。
(3) 仮に、建築規制に関する規約の変更は、区分所有者及びその議決権の各四分の三以上の多数による集会の決議によらなければならないとしても、当時の原告組合の組合員のうち区分所有者は一六名、その議決権数も一六名であったところ、委任状による出席者も含めて一二名、一二口の区分所有者が賛成しているのであるから、これまた有効である。
(二) 被告の主張
(1) 本件臨時総会には、委任状による出席者を除き本件団地内の土地・建物の所有者以外の者が一七名も出席しているところ、これらの者が組合員の資格を有していないことは明らかである。また本件臨時総会の招集通知書には、議題として「組合規約建築協定条項の改正および建築基準法六九条にもとづく協定締結に関する件」とあるのみで、本件改正の内容が明らかにされていなかったから、委任状出席者は右内容も知らずに賛成の議決をする権限を原告組合執行部に授与したことになる。さらに、本件決議がされた後においても、改正規約は被告に通知されていない。しかも、本件臨時総会においては、秋山巌ほかの反対者もいたのであり、全員一致などというものではなかった。
以上のとおりであるから、本件決議はいかなる意味でも無効である。
(2) 本件改正は組合員の所有権に対する重大な制約を課するものであるから、全員一致による以外にはなく、多数決で決し得るものではない。この点につき、建築基準法六九条以下では、一定区域の土地所有者等が建築制限を内容とする建築協定を定めることを認めているが、その場合には、協定の有効期間、協定違反があった場合の措置等を定め、しかも土地所有者(借地権者を含む。)全員の合意が必要とされ、さらに市町村の認可が要件とされており、手続的にも、市町村による公告及び関係人の縦覧が必要とされ、右縦覧後、関係人の出頭を求めての公開の聴聞も要求されているというように、厳格な要件と手続の下に認められているのであり、原告組合の規約の場合とは本質的に異なる。
そうすると、多数決で議決した本件決議はそもそも無効である。
(3) 前記のとおり、本件改正は組合員の所有権に対する重大な制約を課するものであるから、少なくとも本件決議に関与していない者に対してはその効力を主張することはできないものと解すべきところ、被告は右決議に関与していないから、これに服するいわれはない。ユリコが本件臨時総会に出席し、本件改正案に賛成したのはユリコ個人としてのことであって、被告代表者としてのものではない。
(4) 本件改正の階数制限は合理性を欠いており、無効である。
本件団地を含む地域は住居地域に指定され、用途規制等の公的規制を受けているのであるから、本件改正の趣旨は、住宅地としての良好な環境を高度に維持増進することを目的とするものと考えられるのであり、そうであれば、建築物の用途制限、高さ制限等の規定等を置けば十分である。
すなわち、本件改正によれば、建物の高さが一〇メートル以下に制限されているのであるから、本件団地内の居住環境を守るためにはそれで十分であり、その上に、二階建てまでとする階数制限を設けることには何ら合理的な根拠がない(右高さ制限内の建物内部を何階に区切ろうが、それは外部には何らの影響を与えない建物内部の間取りの問題にすぎず、他人が干渉すべきことではない。)。
5 被告のその余の主張
(一) 本件建物は、一〇メートルの高さ制限を満たしているのであり、前記4(二)(4)のとおり、二階建てまでとする階数制限には何ら合理的な理由はないし、また、被告が、本件建物の二階部分又は三階部分のフロアーのどちらかを撤去するか、一階部分を掘り下げて半地下式にすることによっても右階数制限には触れないことになるから、いずれにしても本訴請求は理由がない。
(二) 現行規約は建築制限に違反した場合の是正措置を求める規定を置いていないし、また、本件団地内の住民の間にそのような慣習法的なものないしは法的確信が形成されていたとは認められないから、原告組合は被告に対して建築差止請求権あるいは原状回復請求権を有しない。
第三 当裁判所の判断
一 原告組合の法律上の性格及び本件団地内における建築規制の法的効力(争点1)並びに本件改正の効力(争点4)について
1 原告代表者の尋問の結果及び検証の結果によれば、本件団地は一戸建て建物と二戸一棟の建物が混在する団地であることが明らかであるところ、前記認定のとおり、原告組合における当初の建築協定及び昭和四九年改正にかかる組合規約は、本件団地内建物所有者の共有物を管理するだけでなく、一戸建て建物を含む本件団地内の建物全部を建築規制の対象としている。したがって、原告組合は、団地建物所有者の共有物を管理するための団体(現行法六五条)としての性格を有するにとどまらず、建築協定による建築規制を目的とする団体としての性格を併せ持つものといわなければならない。そして、原告組合が右のような建築協定ないしは組合規約を設定したことについては、旧法三六条、二三条について、一戸建て建物及び区分所有建物における専有部分をも規約の対象に含ましめうるものとする見解が唱えられていたという事情もあったことが窺えるのである。しかしながら、現行法は、原告組合のような団地の管理組合が、団地建物所有者の共有に属する団地内の土地又は付属施設のほか、当該団地内の一部の建物の所有者(専有部分のある建物にあっては区分所有者)の共有に属する当該団地内の土地又は付属施設(同法六八条一項一号)、当該団地内の専有部分のある建物(同法六八条一項二号)についても、規約に基づき管理対象にすることを認めているが、その反面で、一戸建て建物については、団地の管理組合の管理の対象から除外していることが明らかである。しかも、現行法施行の際現に効力を有する規約で定められた事項で、新法に抵触するものは、現行法の施行の日から効力を失う旨規定している(同法付則九条二項)ので、原告組合における建築規制のうち一戸建て建物を対象とする部分は、少なくとも現行法の施行の日(昭和五九年一月一日)以後は効力を有しないことが確実である。これに対し、二戸一棟の建物については、現行法においても、規約により管理の対象とすることを認める区分所有建物であるから、既存の団地規約で、右建物をも管理の対象と定めている以上、その内容が合理的なものである限りは、現行法施行に伴い特段の措置を講じなくても、同様の管理を継続できるという筋合いではある(同法付則九条一項)が、原告組合が本件団地について建築協定等を定めた目的及び経緯に照らして、一戸建て建物と二戸一棟の区分所有建物とでこれ程までに画然たる差異を設けることは形式論にとらわれ過ぎるものであって、相当ではない。そうすると、右のように、一戸建て建物に対して規約が効力を有しないこととなった以上は、二戸一棟の区分所有建物についても効力を失ったものと取り扱うか、あるいは、少なくとも現行法三一条一項後段の「一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすとき」に該当するものとして、区分所有者全員の承諾のある場合にのみ設定しうるものと解するのが相当であるところ、原告組合において、現行法施行に際してあらためて区分所有者全員の承諾が得られたと認めるに足りる証拠はない。右の事情は本件決議の際についても同じである(甲六三号証によれば、一六名、一六口の議決権のうち、一二名、一二口の賛成が得られたにすぎないことが認められる。)から、いずれにしても、現行規約の建築協定は区分所有法上の規約としての効力を有しないものというべきである。
2 もっとも、右のように、区分所有法上の規約としての効力を有しないからといって、当該建築協定の法的効力を一切否定すべきであるということには必ずしもならない。
当該建築協定の趣旨・目的、内容、設定の経緯やその後の遵守状況等の諸事情から帰結される同協定の性格次第では、これに一定の法的効力を認めてもよい場合があるものと考えられる。原告が、本件団地の建築規制を原告組合の「自主規範」として主張するところは、この趣旨の主張を含むものと解される。そこで、以下、この点について検討する。
(一) そもそも、ある土地上に如何なる建物を建築するかは、原則として当該土地の権利者の自由な判断に委ねられるべきものであるが、権利者の恣意を許すならば近隣者相互間の利害の衝突が避けられず、特に、人口密度の高い都市部においては、収拾のつかない混乱を招いたり、ひいては都市全体の環境や機能さえも破壊されることになりかねない。このような観点から、建築基準法その他の法規や条例は様々な建築規制を課しているのであるが、通常、かかる法令は一般的かつ最低限度の規制にとどまることが多く、個々の地域の独自性を踏まえた当該地域住民の要求を直ちに満たすものではない。
そこで、当該地域の地域性(住宅地、商業地、工業地などの別)に副った環境を確保するために、当該地域住民の間で建築規制に関する一定の合意が「建築協定」として形成されることがある。本件団地における建築規制もその一事例と見られる。
(二) そのような建築協定の一つの典型は、建築基準法第四章(六九条以下)に規定されている建築協定であるが、これには、当該地域の所属する市町村が建築協定の締結を可とする旨の条例を制定していること、当該地域の土地所有者等の全員の合意があること、建築協定区域、建築物に関する基準、協定の有効期間及び協定違反があった場合の措置を定めた建築協定書を作成し、これを市町村長に提出してその認可を受けなければならず、また、市町村長は、提出された建築協定書を公告し、関係人の縦覧に供した上で、関係人の意見聴取をしなければならないなどの厳格な要件が課されており、その反面で、右建築協定は、認可の公告があった日以後において同区域内の土地の所有者等となった者に対しても効力があるものとされている。
しかし、本件団地における建築規制、なかんずく本件改正は、右の要件を充足していないことが明らかであるから、本件改正に基づく現行規約の建築協定に対して、建築基準法上の建築協定の効力を付与することができないことは多言を要しない。
(三) とはいえ、本件団地における建築規制に関する諸事情(争点2を含む。)として、前記第二の一2の事実のほか、証拠(甲一八ないし二一、二六ないし三五、三六の1ないし4、三七、三八、乙二八、原告代表者、検証)によれば、以下の事実が認められる。
(1) 本件団地内の建物は、昭和三二年ころの分譲当初においては、全戸平屋建てであった。したがって、当初の建築協定一一条の内容も平屋建てを念頭においた規定であったが、間もなく、二階建ての増改築の申請が多数見られるようになり、原告組合の理事会で検討された結果、二階建てまでは容認するとの解釈が採用されるに至った。
(2) 昭和五九年ころから翌六〇年にかけて、本件団地内に社宅を有していた会社が、当該社宅敷地をマンション建設会社に譲渡し、同土地上に五階建てのマンション(二四戸)を建設するという計画が表面化した。これに対し、原告組合(本件団地住民)は、右計画に断固反対するとの態度を貫き、結局右計画を断念させた。
(3) 原告組合の組合員が建物を増改築するなど現状を変更するときは、その計画を原告組合の理事会が事前に審査するということが行われてきた。
その結果、三階建て建物の建築を計画したものの、協定違反とされて実現しなかったもの、所有土地を駐車場として利用する計画であったが、協定に違反するとされて断念したもの、空手道場兼住居として計画したが、一階部分は道場の外には事務室、更衣室、トイレなどがあるのみで、あたかも道場に乗せた住居の感があるなどとされて、計画を断念させられたものなどがある。
また、不動産業者らにおいても、本件団地内の土地に関するチラシに、本件団地には「建築協定」があるとか、「昭代住宅管理組合との協議の要有り」などと記載している例が見られる。
(4) 本件団地内には、住宅兼税理士事務所(山本博邸)、住宅兼鍼灸院(西正治邸)など、純然たる住居専用建物とはいえない建物もあるが、これらも居住を主目的としているものであるとして、用途制限(現行規約三二条)の許容範囲内の建物であると結論された。
また、秋山巌邸、津田隆士邸、伊藤滝男邸などのように、建物の高さ及び構造上、通常の二階建て建物とはいささか趣きを異にするものも見られるが、これらも結論的には二階建て建物であり、建築制限(現行規約三三条)の許容範囲内にあるものとみなされた。
したがって、被告の旧建物及び本件建物以外には、本件団地内にあって、明らかに右用途制限や建築制限に違反する建物は過去も現在も存在しないことになる。
(四) 前記(三)の諸事情を総合すると、当初の建築協定が定められてから間もなくして、「不均衡な建築をしない」との文言の内容が、原告主張のとおり、「一戸建て、地上二階までの専用住宅とし、共同住宅は建築しない」という趣旨に解釈されるようになり、右解釈が定着していたこと、当初の建築協定から本件改正に基づく現行規約の建築協定まで、本件団地における建築規制は顕著な実効性を確保してきたことが認められる。これは、本件団地における建築規制が、本件団地の良好な住宅環境の確保・維持という原告組合の目的、ひいては本件団地住民全体の利益に合致する合埋的、かつ、妥当な内容であるものと組合員に受け止められ、支持されてきた結果であり、それだからこそ、一定程度構成員の変動があったにもかかわらず、長期間にわたり特に目立った違反もなく遵守されてきたものということができる。
そして、右の事実と原告代表者の尋問の結果を併せると、原告主張(争点3の(一)(3)参照)のとおり、本件改正の主たる動機は、前記解釈を明文化することにあり、新たに付加されたのは「一〇メートル以下」という高さ制限のみであるといってよいこと、右高さ制限は、外見は二階建ての体裁をとりつつ、著しく高い建物を建築することによって建築制限の趣旨を蝉脱することを防止する狙いであったことが認められる。
以上によれば、これらの建築規制の到達点としての現行規約の建築協定を目して、単なる紳士協定であるなどと解するのは決して相当なことではない。しかし、右協定が建築基準法上の建築協定のような効力を有しないことも明らかであって、せいぜい本件決議に賛成した組合員ら同士の間において、債権契約としての効力を有するにとどまるものと解すべきである。このように解した場合、右組合員らと原告組合との関係が問題になるが、前記認定にかかる原告組合の性格、当初の建築協定策定以降の本件団地における建築規制の経緯と実情(特に、建築協定違反行為に対する対処の仕方)、本件決議の趣旨等に鑑みると、本件決議に賛成した組合員らは、従前と同様、原告組合に対し、建築協定の遵守状況の監視、違反行為に対する措置の権限を委ねる意思を有していたものと解するのが自然であって、いわば、右の点について、賛成組合員らと原告組合との間に黙示的な委任契約が成立したものと認めるのが相当である。したがって、原告組合が独自の法的主体として、建築協定違反行為に対する措置をとりうるのは明らかである。もっとも、右いずれの関係においても、本件決議が可決成立したことが当然の前提になるべきところ、被告は本件決議が無効であると主張している(争点4の(二)(1)及び(2))。しかし、被告は、答弁書においては、本件決議が可決されたことを承認しているのであり、加えて、右主張は、現行規約の建築協定が規約としての効力を有するか否かという問題意識のもとに主張されているものであることが明らかである。そうすると、本件決議に賛成した組合員との関係において債権契約としての効力を認めるにとどめる前記解釈のもとにあっては、もはや右主張は判断するまでもないことに帰する。
(五) そこで、次に問題になるのは、被告が本件決議に賛成したと認められるか否かである(争点4の(二)(3)の被告の主張参照)が、ユリコが本件臨時総会に出席し、本件決議に賛成したことは、当事者間に争いがない。そして、被告会社代表者でもあるユリコが何らの異議をとどめることもなく本件決議に賛成した以上は、特別の事情がない限りは、同人はユリコ個人としてだけでなく、被告会社の代表者としても賛成したものと解すべきは当然である。ただ、被告は、昭和四〇年七月二九日に本件土地を同土地上の旧建物とともに買い受けて以来、これを所有し、遅くとも平成三年一〇月以降は、右旧建物を被告会社事務所として使用してきたのであるから、旧建物の状況に照らして、早晩改築が必要になるであろうことは十分に予想された筈であり、かつ、本件改正案中には、前記のような用途制限があるから、これが決議されるならば会社事務所としての改築を断念せざるを得ないことになるのではないかという危惧感を抱いても当然であるのに、被告会社代表者としてのユリコが、そのような制約を受けることになるかもしれない本件改正案に賛成したというのは、全く疑問がないわけではない。
しかしながら、ユリコは、本件改正に先立って原告組合内に設置された建築協定委員会の六名の委員のうちの一人として、本件改正案の策定にも関与しており、本件改正の動機及び経緯、改正案の内容等を熟知していた筈であること(甲四の1ないし3、五の1の1・2、五の2、一四、一五)、本件臨時総会において、被告の旧建物を「現状に限って認める」ことが確認されたこと(甲一七、二六、二七、原告代表者)、被告は、マンション建設反対運動の費用や建築協定委員会委員への日当等にも支出される組合費を、何らの異議をとどめることもないまま平成五年度分まで支払っていること、ユリコ自身もマンション建設反対運動に参加し、また、建築協定委員会の委員時代は委員としての日当の支払いを受けていること(以上につき、甲六の1ないし6、一三)が認められるほか、被告が、本件建物を建築するに当たり、当初は、現行規約の建築協定に拘束されることを当然の前提とするかのように、原告組合に対して三階建ての建物を建築することの承認を求めていたことは、前記第二の一3のとおりである。そうすると、ユリコとしては本件改正の趣旨・内容を十分認識し、被告会社に対する影響も考慮した上で、なおかつこれに賛成したものということができ、前記認定を妨げるような特別の事情はないことに帰する。
(六) 前記(三)ないし(五)で見たところによれば、被告は、現行規約の建築協定につき、債権契約としての拘束を受けるものと結論すべきこととなる。
これに対し、被告は、平成五年一〇月一九日に原告組合を脱退したから、右建築協定の拘束を受けることはないなどと主張する(争点1の(二)(4)の被告の主張)が、右は、原告組合の性格を二つに区別した上で、建築協定の締結等を目的とする団体としての原告組合について脱退したとする独自の立論であって、到底採用することはできない。また、右主張を、建築協定としての債権契約を解除するという趣旨のものであると解するとしても、右解除を正当化するに足りる事情は見出せない(単に、被告の都合上三階建ての建物を建築する必要が生じたというにすぎない。)以上、被告は一旦合意した債権契約の拘束を免れることはできないものというべきである。
二 その余の被告の主張について
1 被告は、本件改正の手続きに瑕疵があると主張する如くである(争点3の(二)の被告の主張)が、本件改正の主たる動機は、従前から定着していた感のある解釈を明文化するという点にあったこと、原告組合は本件改正に関する住民アンケートを実施するなどして、組合員の意見を聴取してきたこと(甲一四、一五、二七)、原告組合は、本件改正に取り組むに当たり、建築協定委員会を設置し、かつ、かなりの時間をかけて改正案を検討してきたこと、そもそも、被告代表者であるユリコ自身が右委員会の委員として改正案の策定に直接関与してきたことなどに照らせば、被告の右批判は当たらない。
2 被告は、二階建てまでとする階数制限には合理的な根拠はない旨主張する(争点4(二)(4)、争点5の(一))。
しかしながら、本件団地においては、元々、二階建てまでとする階数制限のみがあったところ、外見は二階建てであっても著しく高い建物が建築されることによって建築制限の趣旨がないがしろにされることを防止するために、新たに「一〇メートル以下」という高さ制限を設けたものであって、このような経緯に照らすと、むしろ階数制限こそが建築制限の中核をなすものであることは明らかであるから、右主張はたやすく採用することができない。
加えて、争点5の(一)の被告の主張は、本件建物が高さ制限を満たしていることを前提にするものであるが、塔屋部分を含めた本件建物の高さは12.5メートルに達しているのであるから、右主張は既に前提において失当であるものと言わざるを得ない。また、被告は、本件建物の二階部分又は三階部分のフロアーのどちらかを撤去し、あるいは、一階部分を掘り下げて半地下式にするならば、階数制限をクリアーすることができるなどとも主張しているが、そのような変更が現に加えられていないのはもとより、それが近い将来において確実に見込まれるというわけでもないのであるから、これまた採用の限りではない。
3 被告は、現行規約の建築協定は、協定違反に対する是正措置に関する規定を置いていないから、原告組合は被告に対して原状回復請求権等を有しない旨主張する(争点5の(二))。
この点は、建築基準法の建築協定においては、協定違反があった場合の措置を定めるべきことが予定されていること(同法七〇条一項)に照らしても、確かに一考を要する問題ではある。
しかしながら、ある一定の行為を禁止する合意には、その合意の効力として、違反があった場合に原状回復する旨の合意が当然に内包されているというべきであるし、当初の建築協定には、違反した場合の是正措置も規定されていたところ、右建築協定が、昭和四九年に規約に取り込まれた際、右是正措置が脱落したのであるが、原告組合員にとっては、右脱落の前後により、建築協定の規制内容が変化したとは認識されていないことが認められる(前記一2(四)の事実及び原告代表者)。
右によれば、現行規約の合意内容についても、当初の建築協定と同様、違反行為に対しては原状回復措置を求めることができるものと解すべきであるから、結局、被告の右主張も採用することはできない。
三 結論
本件建物は三階建てであるから、現行規約による建築制限(同三三条)に違反するものであることは明らかである(のみならず、専ら被告会社の社屋に供せられるものであるなどの点で用途制限(同三二条)にも違反するものであるが、原告は一貫して前者のみを問題にするにとどめている。)。
そうすると、本件建物の三階以上の部分の取壊しを求める原告の請求は理由がある。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官西理 裁判官神山隆一 裁判官早川真一は、転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官西理)
別紙物件目録<省略>